消えてほしくないもの「年賀状」

新年の楽しみの一つ年賀状。三が日は毎日年賀状が配達されるが、日本郵便は、新年2日の配達を止めると発表した。

メール賀状が増えてきた

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これは年賀状の代わりに、メールで新年の挨拶を送る人が増えていて、年賀状の発行枚数が減っていることにある。お年玉付き年賀はがきの発行枚数が最も多かったのは2003年用の44億5936万枚だったが、2016年用だと28億5330万枚まで減った。実に56%もの減少だ。

新年2日の賀状配達は、1974年から30年間行われていなかったが、2005年から再び配達されるようになった。ただ日本郵便によると、今回の配達休止は、メールに押されてだけではなく、アルバイトなど人手の確保の難しさも原因の一つだ。2日の配達を休止することで、日本郵便では人件費、数億円の圧縮を見込んでいる。年賀状は元日と3日は配達される。また書留、速達、レターパックなどは2日も配達される。

クローズアップ雑学

お年玉付き年賀の楽しみ

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第一回目のお年玉付き年賀はがき

お年玉付き年賀はがきが発行されたのは1949年(昭和24年)。戦時中は年賀状も自粛となり、終戦の年1945年(昭和20年)には年賀はがきの発行がゼロとなった。戦後は「親戚や知人の消息を確認する手立てになる」と年賀状の復活を目指したが、拡大のきっかけにしようと年賀状とお年玉のドッキングが考案された。発案したのは京都に住む林 正治さん(当時42歳)で、お年玉や寄付金の付いた年賀はがきが実現した。

第一回目の特等賞品はミシンで、1等が服地、2等に子供用グローブ、3等が子供用こうもり傘だった。このお年玉付き年賀はがきは、戦争で荒んでいた当時の日本人に夢を与え、大ヒット商品になった。

参考:年賀状博物館