グッドフライト・グッドナイト(SkyFarring)
|マーク・ヴァンフォーナッカー 早川書房
いきなり昔のテレビの話で恐縮だが、毎週日曜夜のお楽しみにテレビ朝日系の「日曜洋画劇場」があった。“洋画劇場”のタイトルにも関わらず、たまに邦画の大作を放送するときがあった。その時の番組タイトルは「日曜洋画劇場・特別企画」。
今回の本はエッセイなので「乗り物小説の楽しみ・特別企画」だ。新聞の書評欄にも取り上げられ、とりわけ飛行機好きにはたまらない本だ。「是非このサイトで取り上げるべきだ」との教示を何件も頂いた。

作者のマーク・ヴァンフォーナッカー氏は現役のパイロット。BA(英国航空)でボーイング747の副操縦士(出版の2016年時点)だ。この本は、コックピット特にエアラインの操縦席で過ごす人生が、いかに素晴らしいものかを教えてくれる。もうそのチャンスは絶対巡ってこない、高齢の飛行機好きには酷な本だ。珠玉のエッセイだが、とある書店では様々な職業、就活の書棚に並んでいて驚いた。しかしこの本で、パイロット人生に踏み出す若者もいるだろう。ある意味、的を得たジャンル分けだ。
パイロットとの旅
原題は“SKYFARRING”~パイロットとの旅~。パイロットの日常が、仕事が、子供のころからの体験も織り交ぜ、抒情的なフレーズで語られる。飛行機ファンには最高に面白いし、ファンでなくとも知的欲求を満たしてくれる。
「窓のない小さな空間で私は眠っている」エッセイのスタートは747のクルー仮眠室での目覚めだ。日本同様に大陸に端にある島国のイギリスは、どうしても長距離フライトが多くなる。アジア、アメリカ、アフリカとそれぞれの大陸へいずれも10時間を超える長距離飛行が多く、日本への飛行も登場する。
日本は福岡空国
Wayfinding(進む方向を決める事)の章で、ヴァンフォーナッカー氏は、空の領域を分ける管制ゾーンを国に例えて「空国」と呼んでいる。「一つ一つの領域が歴史を持った空の国だ。例えば日本は全てが一つの領域に含まれるが、その名は日本ではなく福岡だ。航空図の上の福岡空国で、私たちは札幌コントロールから、東京コントロールまで様々な管制官と交信をする」(65P)航空、それも運航に携わる関係者でなければ知らない事柄だが、日本は、太平洋上まで含め、担当する領域は1つの空国?で、名称は福岡IFR(飛行情報区)だ。その事実ヴァンフォーナッカー氏が改めて教えてくれた。
空の街角にはラーメンも
ナブエイド、ウエィポイントと呼ばれる空の街角にはユニークな名前が付いていて、飛行機はそれらのポイントをトレースしながら目的地へ向かう。例えばオーストラリアからニュージーランドへ至る3か所のナブエイドには、それぞれこのような名前が与えられている。「WALTZ」「INGMA」「TILDA」続けると
オーストラリア人にとって国歌同然に親しんでいる「ワルツィング・マチルダ」となる。
- 核戦争後のオーストラリアを描いた映画「渚にて」の音楽にこの「ワルツィング・マチルダ」が効果的に使われていた。
日本にもユニークなナブエイドは沢山あって、ヴァンフォーナッカー氏が飛ぶことの無い、日本から中国方面へはONIKU(お肉)やLAMEN(ラーメン)、NIRAT(ニラ)など、臭いが飛びそうな名称のナブエイドもあるし、関西近辺にはHONMA(ほんま)とKAINA(かいな)が並んでいる。
Air(空気、大気、無)の章では、空気の重さを感じさせてくれる。パイロットがコックピットに入り、計器に向って最初にやることが高度計規正値のセットだそうな。「エリア内におる飛行機は全て同じようにその時間の空気を理解していなければならない」大気の圧力を元に高度を示す高度計は、エリアを飛ぶどの飛行機もおなじ数字の高度計規正値をセットしていないと、つまり同じ尺度に合わせていないと飛行機のよって高度を示す数字が違ってしまうためだ。
しかしコックピットの床面が寒く、BAでは747にも足用のヒーターが入っているのを初めて知った。
船と共通語の航空フレーズ
Water(水、海、川)の章、飛行機と水は切っても切れない。雲は水の塊で、着陸や離陸を阻むものは霧だからだ。航空用語には船と同様の単語や言い回しが多い事にも触れる。多くのパイロットは飛行機をシップ(船)と呼ぶし、機体の右側はシーサイド(海側)、左側はポートサイド(港側)だ。機長はスキップ(船長のスキッパーの短縮、航空隊のチーフの意味もある)
サイト管理者も霧のエピソードは事欠かない。コンコルド(LHR⇒JFK)に搭乗した際、超音速飛行より驚いたのは、霧で恐ろしく視界の悪いJFKへ難なく降りたこと、フォロミーカー(地上滑走の先導車)が良く見えず、慎重にタクシーをしていた。極寒の地、ロシアのサハ共和国、首都のヤクーツクは冬の間は-40℃は日常。いまは航行援助施設が整っているが、訪れた20年前の冬は、飛行機の運航は深夜帯に集中していた。人間が動き出す時間帯になると、体温や吐く息など人の温度で霧が発生して視界が落ちてしまうためだ。
ヴァンフォーナッカー氏によると、視界の悪い中オートパイロットで降りると、着陸後APを外さないと、滑走路の離脱が出来ない。APは機体の直進性を保とうとするので、自動操縦を解除しないと言うことを聞かないからだそうだ。
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対空無線で「うちの妻に宜しく」
Encounters(出会い、遭遇)
対空無線と使って、同じ空域にいる他のエアライナーと情報交換やコミュニケーションをとる場面が出て来る。あるエアライナーのパイロットから別の会社の他機に向って「そちらの機に妻と娘が乗っている。CAを通してよろしくと伝えてくれますか」とのメッセージが入る。同じ空域を飛ぶパイロットたちはみな聞き耳を立てる。それを受けたパイロットはメッセージを請け負ったが、しばらくすると無線を通して彼の妻の声が聞こえてきた。受けたパイロットはキャビンにいる妻を見つけ出し、コックピットに招いて会話を促したのだ。
このようなエアパーソンシップ、同胞意識のある世界がうらやましい。本の中にも見受けられるのだが、ヴァンフォーナッカー氏が身を置くBAのように、長い歴史を持ったエアラインは、新しい航空会社に比べ、伝統がスタッフの所作にも影響を与えているようだ。
ジェットストリーム
初めての国に夜間到着をする。それも経由地の中東の国だ。あまり意識しなかった夜の風景が日本と違うことに気が付く、オレンジ色のナトリウムランプに彩られた街路は、白い水銀灯の日本の夜との違いを際立たせていた。この本を読んでいると、そんな30年以上前の空の旅を思い起こして、また旅に出たくなる。
ヴァンフォーナッカー氏の洗練されたフレーズは言わずもがなだが、前職は自衛隊での航空管制をされていた岡本由香子さんの訳は実に素晴らしい。あのジェットストリームの城達也氏の語りを聞いているようだ。
「吹き渡るナイル風やアマゾン風を見ることが出来たらどんなに素晴らしいだろう。周囲の空よりもかすかに濃い青色で、ちらちら光って、所々に濃紺の筋が入って、そんな風が故郷の北の空でねじれたり、輪を描いたり・・。そして昼時になると南の空へ移動するのをこの目で見ることが出来たら、人生の楽しみは確実に増えるはずだ」と紡ぐ。読み進むとすぐにでも飛行機での旅に出たくなる。それも遠く行ったことの無い土地へ。
パイロットは少なからず詩人の要素を持ち合わせているのではないか。宇宙飛行士は宇宙空間で感動し神に領域に近づいたと感じると聞いたことがある。
パイロットもシミュレーターでは無理だが、実機にのると詩人になるのだ。
実は読み始め当初、いささかかったるさを感じた。ところが読んでいくと、徐々に飛行機好きの琴線を刺激され、さらに旅心をあおられた。更に何度が読み返すごとに面白さを増した。飛行機旅のバイブルになりそうだ。
260ページにヴァンフォーナッカー氏が操縦する機にお父さんが乗客として乗る機会が語られる。ロンドンのヒースロー空港からブタペストへの飛行だが、「747は南側にゆったりと弧を描き」とのくだりがある。これはエアバス320の間違いで、747ではないはず。あーまた余計な“あら捜し”をしてしまった。いずれにしても余計なことを書きすぎて長くなりすぎ、筆力の無さを露呈。お許しあれ。
現場臨場
ヨーロッパ、アメリカ、アジア、アフリカ、オーストラリア各地で、特定できず。
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