砂の器
|松本清張 上下巻 新潮社 DVD アマゾン

鉄道に絡むミステリーではないが、冒頭いきなり東京大田区蒲田の鉄道施設から事件が始まる。蒲田操作場で死体が発見され、周辺の聞き込みで殺害された男性が被害にあう直前、東北訛りで話をしていたことがわかる。しかし実態は東北ではなく、山陰の一部で東北弁に近い言葉が話されていることがわかる。本文の中で主人公の刑事が「出雲のこのようなところに東北と同じズーズー弁が使われていようとは・・」と話している。そこで被害者が話していた「亀田はどうですか」は東北の羽後亀田(JR東日本羽越線の駅)ではなく、島根県の亀嵩(かめだけ)とわかる。亀嵩は現在奥出雲町の地名で、JR西日本の木次(きすき)線に亀嵩駅がある。
ストーリーは、新進音楽家として成功を目前にした男が、自分の過去を消し去るため恩人を手にかけるところから始まる。男は、幼かった時、ハンセン病にかかった父親とともに非情な差別を受けながら各地をさまよい、亀嵩に行き着く。小説もさることながら、作者の清張をして「映像は小説を超えた」と言わしめた映画版では、病弱な親子が厳しい冬の荒海や、桜の舞い散る日本の風景の中を彷徨するシーンが延々と続く。山深い中国山地の亀嵩も随所に出てくる。その風景に触れたくて30年ほど前、松江から亀嵩を通る広島行きの急行に乗り込んだ。キハ58系だったと記憶しているが、映画版では親子が別れる亀嵩駅にはD51が入ってくる。小説も一気読み必至だが、DVDで映画版(野村芳太郎監督)をご覧になることを強く勧める。

現場臨場 亀嵩
かつては山陰と山陽を結ぶ急行列車も走っていた木次線だが、今は需要はバスに奪われ、ローカル列車が日に何本か走るのみ。宍道駅から時間によっては途中の木次で乗り継ぎながら、1時間半ほどで亀嵩に着く。しかし亀嵩は古い木造の駅に、奥出雲蕎麦のお店が入っていて、腰のしっかりした美味しいそばを楽しむことができる。町内の神社には清張の筆による砂の器ロケ地の碑があり、近くの亀嵩温泉では宿泊も可能だ。
さらに亀嵩を過ぎると出雲坂根駅には、列車を行きつ戻りつして、ジグザグで急な傾斜を登り降りする三段式のスイッチバック区間があり、鉄道ファンには楽しみだ。