地下鉄(メトロ)に乗って

 浅田次郎        講談社文庫    松竹映画DVD

1960年代NHKで放映されていた「タイムトンネル」というアメリカのテレビドラマがあった。アメリカが国を挙げて秘密開発をしているトンネル状のタイムマシンという設定だ。

「地下鉄に乗って」はまさに地下鉄、それも東京メトロの銀座線や丸の内線がタイムトンネルとなる。しかしタイムトンネルのような冒険ドラマではない。自分の過去をGO UP(遡る)する親子の物語だ。読み終えた後、あるいは映画のエンドロールが流れ始めると、思わず小さなため息が出てしまう、心に迫る作品だ。浅田次郎氏はこの作品で吉川英治文学新人賞を受賞している。

主人公は地下鉄駅の階段を昇り降りするたびに、昭和と平成を行き来する。反目している父の若き日に出会い、彼の本当の姿に触れる。さらに自殺した兄の死の真相も知ることとなる。兄の死については原作本と映画では異なっている。

 

物語に登場する東京メトロ銀座線は、上野と浅草の間が昭和2年(1927年)の開業なので、「昭和」と「平成」の時間の架け橋には十分なタイムマシンだ。

銀座線は歴史のある路線だけにレトロな車両が長年走っていた。時折、車内の蛍光灯が一斉に消え、ドアの脇に取り付けられた小さな白熱灯が点灯する様を描いていて「ひと駅の間に、そうして何度もドラマティックな光と闇を体験できる」と表現されている。

線路の脇に設けられた第三軌条(サードレール)から電気を取っている銀座線と丸の内線は、変電所区間の切れ目などで、通電のないデッドセクションが所々にある。その区間に電車が入ると、車内の灯りは瞬時にバッテリーライトに替わる。種を明かすとつまらないスイッチのオン、オフだが、浅田氏のペンにかかると先のような素敵な言葉に置き換わる。

最後に切なくも恐ろしいタイムパラドックスが待っているのだが、東京に次々とできた新しい地下鉄ではなく、銀座線だから出来上がった物語だ。ホームに漂う生暖かい風と、摩擦で削られたレールや車輪の鉄粉が飛んだのではないかと思わせる不思議な鉄のにおい?が感じられる、懐かしさがこみ上げる小説だ。まずは小説、その後に映画DVDを鑑賞されることをお勧めする。

現場臨場

東京メトロ 丸の内線 新中野駅

タイムスリップはこの駅から始まる。駅の3番出口の階段を上がり、50メートルも歩くと鍋屋横丁に行き着く。この鍋屋横丁は、古くから杉並区堀之内の日円山妙法寺の参道だ。この一帯は本書とともに落語「堀之内」の舞台でもある。粗忽もの(そこつ)、つまりあわて者の主人公が、自分の粗忽を治そうとこの妙法寺、通称お祖師様(おそっさま)を、大変なドタバタを繰り返しながらお参りする滑稽話だ。もちろん話の中に鍋屋横丁が登場する。新中野からは2㎞近くもなるが、レトロな横丁を楽しみながら厄除けのお参りをして頂きたい。

東京メトロ 銀座線 新橋駅

昭和初期に建設された銀座線は当初、2つの鉄道会社がそれぞれ別の鉄道として設けたもので、新橋はその2つの接点であった。従って駅もそれぞれにあって、使われることのなくなったホームが幻の新橋駅として人知れず現存する。新橋はご存知の通り、日本の鉄道発祥の地で、新橋駅を出て、少し歩いた汐留シオサイトには旧新橋停車場が復元されている。またJR新橋駅の日比谷口には蒸気機関車C11が置かれていて、SL広場として有名。そんなわけで新橋はタイムスリップに最適なレール・ヒストリー・トライアングルだ。

 

地下鉄博物館  東京メトロ 東西線 葛西駅降りてすぐ

物語に登場してくるわけではないが、「地下鉄に乗って」に登場する懐かしい丸の内線や銀座線の車両に会うことが出来る。

 

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