飛行艇クリッパーの客(NIGHT OVER WATER)

著者 ケン・フォレット     新潮文庫

「大聖堂」や「凍てつく世界」など、大ヒット作を飛ばしているケンフォレットだけに、上下巻は一気読み必至の覚悟案件。時代はナチスの影が忍び寄る第二次世界大戦間近のヨーロッパ。イギリスからニューヨークへ向かうパンアメリカン航空の飛行艇が舞台となる。

巻頭に作者覚書があり「アメリカ~ヨーロッパ間の最初の旅客機サービスは、1939年夏、パンアメリカン航空のよって始められたが、ヒトラーのポーランド侵攻と同時に停止され、ホンの数週間で終わりを告げた。この小説は、宣戦布告の数日後に行われた仮想の最後の飛行の物語である。飛行そのものも、乗客も乗員もすべて架空のものである。しかし飛行艇自体は実在した」と書かれている。その通り、主役は飛行艇(ボーイング314)なのだ。

乗員・乗客はおよそ30人、詐欺師で宝石泥棒だが憎めない若者。ファシストを支持するイギリス貴族とその家族。夫を裏切ってアメリカ人の作家とニューヨークへ駆け落ちする若妻、会社乗っ取りを阻止しようと、急ぎアメリカへ帰国する女性経営者。一方、乗員の航空機関士は妻が誘拐され、飛行機を不時着させるよう脅迫される。これらそれぞれの多彩なストーリーが入り混じりながら、主役のボーイング314の機内やオペレーションの様子が結構子細に語られる。ボーイング314はその巨大さ、豪華さで、二十数年後に登場するジャンボ、ボーイング747に少なからず影響を与えた。

コンパートメントで座席は間にテーブルをはさんで向かい合わせ。ダイニングゾーンや最後部にはハネムーンスウィートの個室がある。原題の通り、夜間もフライトするので夜はベットに替わるため定員は30人のゆったりとした空間で豪華な空の旅が楽しめた。文中には片道の価格が675ドルと出てくる。さらに「其の倍も出せばこじんまりとした家が買える」との記述もあって、今のファーストクラスをはるかに上回るセレブの旅だったのだ。

飛行機は二階建てで、今と違い上階が貨物室、客室は下層階にある。飛行艇は底の形状が船なので、後部に行くに従い床が上がるため、客室は階段状になっている。読んで想像を働かせると、随分と大型に思える。1930年当時なので大型には違いないが、全長32メートルほどなので、長さはジャンボ機の半分に満たない。

しかし船では一週間ほどもかかるイギリス(サウザンプトン)とアメリカ(ニューヨーク)を、二か所の給油地への立ち寄りをしながらも25~30時間で飛ぶ。その優雅な様子はボーイング社のHP Romancing the skies でご覧いただきたい。

http://www.boeing.com/features/2013/06/bca-clipper-06-05-13.page

タイトルの「クリッパー」はパンアメリカン航空の愛称で「飛行艇クリッパーの客」との題名だけで、舞台はパンナムの飛行艇とわかってしまう。パンナムはボーイング314を11機使用したが全てに「Atlantic clipper」や「American clipper」などニックネームをつけていた。ちなみにパンナムの航空管制呼び出し符号はクリッパーだった。

嵐の大西洋上で飛行艇は無事アメリカに到着できるのか。乗客それぞれの人間模様と合わせて、最後までドキドキしながら読むことが出来る。飛行機マニアでなくとも120%楽しめる。

現場臨場 サウザンプトン(イギリス)


飛行艇なので出発地はロンドンの空港ではない。あのタイタニックが悲劇の航海へ旅立ったイギリス南部の港街、サウザンプトンだ。ロンドン、ヴィクトリア駅から南イングランド方面への列車が出ている。サウザンプトンまで120キロ、列車で2時間前後。地元の博物館にはタイタニック関連の展示もあり、楽しめる。

 

フォインズ(アイルランド)

首都ダブリンから西へ200キロメートルあまり。深い入り江の中ほどにある。飛行機がまだ十分な航続距離がない時代、大西洋をまたぐためのヨーロッパ最後の駅逓で、ここから次の駅逓であるカナダのニューファンドランドへ飛ぶ。飛行艇から陸上に降りる飛行機に替わっても、アイルランドのこの地は重要な通過点で、フォインズと入り江をはさんだシャノン空港がその役目を果たした。文中にもフォインズに降りるクリッパーから窓越しに「シャノンに新しい空港が建設中」とのくだりが出てくる。

シャノン空港は今でも大西洋横断の経由地点としての役目を果たしていて、英国航空のロンドン・シティ空港(ロンドン都心から最も近い空港で、時間に敏感なビジネスマンには特に人気の空港)発のニューヨーク便は、シティの滑走路が短いためにアメリカへの直行が出来ず、シャノンを経由している。乗客のパスポートにはシャノンに立ち寄った際にアメリカの入国スタンプが押される。そのためニューヨークではパスポートチェックもなく入国ができる。

フォインズの飛行艇ミュージアムには、ボーイング314のレプリカもあり、当時の豪華な旅を垣間見ることが出来る。ちなみにコーヒーにアイリッシュウイスキーをたっぷり入れたアイリッシュコーヒーはシャノン空港が発祥で、1943年にこれを考案したジョー・シェリダンにちなんだ空港内のシェリダン・カフェにはプレートが掲げられている。

フォインズにはロンドン・ヒースロー空港かパリ・シャルル・ドゴール空港からシャノン空港へアイルランドのエア・リンガスの便がある。

Add a Comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です