グッドフライト・グッドナイト(Good Flight Good Night)
マーク・ヴァンフォーナッカー 早川書房
いきなり昔のテレビの話で恐縮だが、毎週日曜夜のお楽しみにテレビ朝日系の「日曜洋画劇場」があった。“洋画劇場”のタイトルにも関わらず、たまに邦画の大作を放送するときがあった。その時の番組タイトルは「日曜洋画劇場・特別企画」。
今回の本はエッセイなので「乗り物小説の楽しみ・特別企画」だ。新聞の書評欄にも取り上げられ、とりわけ飛行機好きにはたまらない本だ。「是非このサイトで取り上げるべきだ」との教示を何件も頂いた。

作者のマーク・ヴァンフォーナッカー氏は現役のパイロット。BA(英国航空)でボーイング747の副操縦士(出版の2016年時点)だ。この本は、コックピット特にエアラインの操縦席で過ごす人生が、いかに素晴らしいものかを教えてくれる。もうそのチャンスは絶対巡ってこない、高齢の飛行機好きには酷な本だ。珠玉のエッセイだが、とある書店では様々な職業、就活の書棚に並んでいて驚いた。しかしこの本で、パイロット人生に踏み出す若者もいるだろう。ある意味、的を得たジャンル分けだ。
パイロットとの旅
原題は“SKYFARRING”~パイロットとの旅~。パイロットの日常が、仕事が、子供のころからの体験も織り交ぜ、抒情的なフレーズで語られる。飛行機ファンには最高に面白いし、ファンでなくとも知的欲求を満たしてくれる。
「窓のない小さな空間で私は眠っている」エッセイのスタートは747のクルー仮眠室での目覚めだ。日本同様に大陸に端にある島国のイギリスは、どうしても長距離フライトが多くなる。アジア、アメリカ、アフリカとそれぞれの大陸へいずれも10時間を超える長距離飛行が多く、日本への飛行も登場する。
日本は福岡空国
Wayfinding(進む方向を決める事)の章で、ヴァンフォーナッカー氏は、空の領域を分ける管制ゾーンを国に例えて「空国」と呼んでいる。「一つ一つの領域が歴史を持った空の国だ。例えば日本は全てが一つの領域に含まれるが、その名は日本ではなく福岡だ。航空図の上の福岡空国で、私たちは札幌コントロールから、東京コントロールまで様々な管制官と交信をする」(65P)航空、それも運航に携わる関係者でなければ知らない事柄だが、日本は、太平洋上まで含め、担当する領域は1つの空国?で、名称は福岡IFR(飛行情報区)だ。その事実ヴァンフォーナッカー氏が改めて教えてくれた。
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空の街角にはラーメンも
ナブエイド、ウエィポイントと呼ばれる空の街角にはユニークな名前が付いていて、飛行機はそれらのポイントをトレースしながら目的地へ向かう。例えばオーストラリアからニュージーランドへ至る3か所のナブエイドには、それぞれこのような名前が与えられている。「WALTZ」「INGMA」「TILDA」続けると
オーストラリア人にとって国歌同然に親しんでいる「ワルツィング・マチルダ」となる。
- 核戦争後のオーストラリアを描いた映画「渚にて」の音楽にこの「ワルツィング・マチルダ」が効果的に使われていた。
日本にもユニークなナブエイドは沢山あって、ヴァンフォーナッカー氏が飛ぶことの無い、日本から中国方面へはONIKU(お肉)やLAMEN(ラーメン)、NIRAT(ニラ)など、臭いが飛びそうな名称のナブエイドもあるし、関西近辺にはHONMA(ほんま)とKAINA(かいな)が並んでいる。
Air(空気、大気、無)の章では、空気の重さを感じさせてくれる。パイロットがコックピットに入り、計器に向って最初にやることが高度計規正値のセットだそうな。「エリア内におる飛行機は全て同じようにその時間の空気を理解していなければならない」大気の圧力を元に高度を示す高度計は、エリアを飛ぶどの飛行機もおなじ数字の高度計規正値をセットしていないと、つまり同じ尺度に合わせていないと飛行機のよって高度を示す数字が違ってしまうためだ。
しかしコックピットの床面が寒く、BAでは747にも足用のヒーターが入っているのを初めて知った。
船と共通語の航空フレーズ
Water(水、海、川)の章、飛行機と水は切っても切れない。雲は水の塊で、着陸や離陸を阻むものは霧だからだ。航空用語には船と同様の単語や言い回しが多い事にも触れる。多くのパイロットは飛行機をシップ(船)と呼ぶし、機体の右側はシーサイド(海側)、左側はポートサイド(港側)だ。機長はスキップ(船長のスキッパーの短縮、航空隊のチーフの意味もある)
サイト管理者も霧のエピソードは事欠かない。コンコルド(LHR⇒JFK)に搭乗した際、超音速飛行より驚いたのは、霧で恐ろしく視界の悪いJFKへ難なく降りたこと、フォロミーカー(地上滑走の先導車)が良く見えず、慎重にタクシーをしていた。極寒の地、ロシアのサハ共和国、首都のヤクーツクは冬の間は-40℃は日常。いまは航行援助施設が整っているが、訪れた20年前の冬は、飛行機の運航は深夜帯に集中していた。人間が動き出す時間帯になると、体温や吐く息など人の温度で霧が発生して視界が落ちてしまうためだ。
ヴァンフォーナッカー氏によると、視界の悪い中オートパイロットで降りると、着陸後APを外さないと、滑走路の離脱が出来ない。APは機体の直進性を保とうとするので、自動操縦を解除しないと言うことを聞かないからだそうだ。
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対空無線でうちの妻に宜しく
Encounters(出会い、遭遇)
対空無線と使って、同じ空域にいる他のエアライナーと情報交換やコミュニケーションをとる場面が出て来る。あるエアライナーのパイロットから別の会社の他機に向って「そちらの機に妻と娘が乗っている。CAを通してよろしくと伝えてくれますか」とのメッセージが入る。同じ空域を飛ぶパイロットたちはみな聞き耳を立てる。それを受けたパイロットはメッセージを請け負ったが、しばらくすると無線を通して彼の妻の声が聞こえてきた。受けたパイロットはキャビンにいる妻を見つけ出し、コックピットに招いて会話を促したのだ。
このようなエアパーソンシップ、同胞意識のある世界がうらやましい。本の中にも見受けられるのだが、ヴァンフォーナッカー氏が身を置くBAのように、長い歴史を持ったエアラインは、新しい航空会社に比べ、伝統がスタッフの所作にも影響を与えているようだ。
ジェットストリーム
初めての国に夜間到着をする。それも経由地の中東の国だ。あまり意識しなかった夜の風景が日本と違うことに気が付く、オレンジ色のナトリウムランプに彩られた街路は、白い水銀灯の日本の夜との違いを際立たせていた。この本を読んでいると、そんな30年以上前の空の旅を思い起こして、また旅に出たくなる。
ヴァンフォーナッカー氏の洗練されたフレーズは言わずもがなだが、前職は自衛隊での航空管制をされていた岡本由香子さんの訳は実に素晴らしい。あのジェットストリームの城達也氏の語りを聞いているようだ。
「吹き渡るナイル風やアマゾン風を見ることが出来たらどんなに素晴らしいだろう。周囲の空よりもかすかに濃い青色で、ちらちら光って、所々に濃紺の筋が入って、そんな風が故郷の北の空でねじれたり、輪を描いたり・・。そして昼時になると南の空へ移動するのをこの目で見ることが出来たら、人生の楽しみは確実に増えるはずだ」と紡ぐ。読み進むとすぐにでも飛行機での旅に出たくなる。それも遠く行ったことの無い土地へ。
パイロットは少なからず詩人の要素を持ち合わせているのではないか。宇宙飛行士は宇宙空間で感動し神に領域に近づいたと感じると聞いたことがある。
パイロットもシミュレーターでは無理だが、実機にのると詩人になるのだ。
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実は読み始め当初、いささかかったるさを感じた。ところが読んでいくと、徐々に飛行機好きの琴線を刺激され、さらに旅心をあおられた。更に何度が読み返すごとに面白さを増した。飛行機旅のバイブルになりそうだ。
260ページにヴァンフォーナッカー氏が操縦する機にお父さんが乗客として乗る機会が語られる。ロンドンのヒースロー空港からブタペストへの飛行だが、「747は南側にゆったりと弧を描き」とのくだりがある。これはエアバス320の間違いで、747ではないはず。あーまた余計な“あら捜し”をしてしまった。いずれにしても余計なことを書きすぎて長くなりすぎ、筆力の無さを露呈。お許しあれ。
現場臨場
ヨーロッパ、アメリカ、アジア、アフリカ、オーストラリア世界各地。
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「点と線」 松本清張 新潮文庫 ビデオ映像 映画版 テレビ朝日版
清張作品にのめりこむきっかけとなった作品。小説に登場する場所を訪れるのが趣味で、物語に登場した光景を確かめたり、その後の移ろいを楽しんだりするのが大好きだ。「点と線」では物語の冒頭、福岡の香椎海岸で心中を装い殺害される男女が国鉄香椎駅から海岸方面へ歩き去って行く様が描かれている。20年ほど前、福岡へ行った際、JRに乗って香椎まで行き、そこで降りて西鉄香椎まで歩くついでに、途中の書店で「点と線」を購入した。この時買い込んだ「点と線」はおそらく3冊目で、帰りの電車内から読み始めた。物語では国鉄香椎駅前の八百屋の主人が警察の聞き込みを受けている。現在のJR香椎駅は4階建ての駅ビルとなっていて、駅前には八百屋は無く、商店街が西鉄香椎方面へ伸びている。
「点と線」では病床の女性が、JTBの前身、交通公社発行の時刻表を駆使して事件計画を組み立てるが、博多湾での偽装心中を裏付けたのが、東京駅で15番線ホームから博多行きの特急寝台に乗り込む二人を13番線ホームから見かけた目撃証言だ。このシーンで有名になったのが、当時でも頻繁に列車の発着が繰り返される東京駅で、13番線から15番線を見通すことが出来るたった4分間の空白時間の存在だった。
ちなみに現在の東京駅には11~13番線は欠番で、14~19番線は東海道新幹線ホームだ。
「点と線」では事件の発端が福岡で、アリバイ作りには札幌が利用されている。飛行機が珍しい昭和30年代に、全国をまたにかけたトリックは、交通公社発行の雑誌「旅」で始まった連載にはうってつけだった。札幌では当時盛業していた丸惣旅館が登場する。容疑者の会社社長が宿泊した丸惣旅館は時計台の前、札幌市中央区北1条西3丁目にあった高級旅館で、現在はオフィスビルとなっている。
「点と線」昭和の時代を感じることが出来るが、ストーリーは色あせることなく今も読むことが出来る。因みに「点と線」は英語だけではなくフランス語やイタリア語、中国語、韓国語など世界のいくつもの言葉に翻訳されて世界の書店で並んでいる。英語版のタイトルはそのものズバリ「Points and Lines」
少々ネタバレになってしまったが、面白さは抜群。
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現場臨場 香椎海岸
博多湾に作られた人工島アイランドシティが正面、近くには高速道路の香椎浜インターチェンジや大規模ショッピングセンターもあって、今や心中にふさわしい寂しい海岸ではない。 JR香椎駅までは博多から門司方面の電車で10分。ここまで来たら北九州の松本清張記念館にも寄りたい。JR西小倉駅徒歩5分

札幌丸惣旅館
容疑者が宿泊した実在の高級旅館。宿帳のサインがアリバイとなる。札幌の観光スポット時計台の正面にあったが現在はオフィスビル。地下鉄大通駅徒歩5分
レストランレバンテ(有楽町)
容疑者がアリバイ作りのため女給達を食事に誘ったレストラン。現在はJR有楽町駅前の東京国際フォーラムの中に。
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「砂の器」 松本清張 上下巻 新潮社
DVD アマゾン
鉄道に絡むミステリーではないが、冒頭いきなり東京大田区蒲田の鉄道施設から事件が始まる。蒲田操作場で死体が発見され、周辺の聞き込みで殺害された男性が被害にあう直前、東北訛りで話をしていたことがわかる。しかし実態は東北ではなく、山陰の一部で東北弁に近い言葉が話されていることがわかる。本文の中で主人公の刑事が「出雲のこのようなところに東北と同じズーズー弁が使われていようとは・・」と話している。そこで被害者が話していた「亀田はどうですか」は東北の羽後亀田(JR東日本羽越線の駅)ではなく、島根県の亀嵩(かめだけ)とわかる。亀嵩は現在奥出雲町の地名で、JR西日本の木次(きすき)線に亀嵩駅がある。
ストーリーは、新進音楽家として成功を目前にした男が、自分の過去を消し去るため恩人を手にかけるところから始まる。男は、幼かった時、ハンセン病にかかった父親とともに非情な差別を受けながら各地をさまよい、亀嵩に行き着く。小説もさることながら、作者の清張をして「映像は小説を超えた」と言わしめた映画版では、病弱な親子が厳しい冬の荒海や、桜の舞い散る日本の風景の中を彷徨するシーンが延々と続く。山深い中国山地の亀嵩も随所に出てくる。その風景に触れたくて30年ほど前、松江から亀嵩を通る広島行きの急行に乗り込んだ。キハ58系だったと記憶しているが、映画版では親子が別れる亀嵩駅にはD51が入ってくる。小説も一気読み必至だが、DVDで映画版(野村芳太郎監督)をご覧になることを強く勧める。

現場臨場
木次線 亀嵩駅
かつては山陰と山陽を結ぶ急行列車も走っていた木次線だが、今は需要はバスに奪われ、ローカル列車が日に何本か走るのみ。宍道駅から時間によっては途中の木次で乗り継ぎながら、1時間半ほどで亀嵩に着く。しかし亀嵩は古い木造の駅に、奥出雲蕎麦のお店が入っていて、腰のしっかりした美味しいそばを楽しむことができる。町内の神社には清張の筆による砂の器ロケ地の碑があり、近くの亀嵩温泉では宿泊も可能だ。
さらに亀嵩を過ぎると出雲坂根駅には、列車を行きつ戻りつして、ジグザグで急な傾斜を登り降りする三段式のスイッチバック区間があり、鉄道ファンには楽しみだ。
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シャドー81(Shadow 81)
ルシアン・ネイハム ハヤカワ文庫
ルシアン・ネイハムがこの作品を発表したのは1975年、この年にベトナム戦争は終結し、ボーイング747、ジャンボジェットはデビュー5年目を迎えていた。
ハイジャックものだが、航空パニックとは異なる。ハイジャッカーは機内にはいない。姿なき戦闘機・シャドー81が、ロサンゼルスからハワイへ向かうジャンボの背後にぴたりと迫り、身代金に応じなければ撃墜するとアメリカ政府を脅す。
戦闘機を使って、飛んでいる民間機を人質に取るといったスケールの大きなプロットだが、姿を見せない戦闘機・シャドー81は米軍の最新の垂直離着戦闘機TX75Eで、これをどのように入手するのか。この件が薄っぺらだとつまらないのだが、戦闘機は北ベトナムで作戦中に撃墜されたことを装い、パイロットとともに船に隠してアメリカ近海まで持ち込む。燃料として灯油を調達するシーンも出てくる。ジェット燃料、ケロシンの成分は灯油と似ているのだ。ストーリーの半分ほどはこのあたりのディテールに費やされ、納得できる。
ジャンボの機長とハイジャッカー、それにロサンゼルス管制の3者が緊迫のやり取りを繰り広げるが、それぞれのプロ意識に、互いに信頼感すら芽生える。航空ものでは凄惨な場面も出てきがちなのだが、この小説では誰も死なない。そればかりかジャンボの中では酒盛りまで始まって、乗っ取りにあった乗客たちはなんとものどかなのだ。
ルシアン・ネイハムは1929年生まれなので、存命なら87歳だが、このシャドー81、一作を発表しただけで1983年に亡くなってしまった。ジャーナリストだったが、自らも飛行機のライセンスを持っていて、飛行機のシーンの描き方は正確だが、気になるシーンもいくつかある。
シャドー81が、警告のために海面スレスレを飛ぶジャンボの前方にミサイルを撃ち込み、ジャンボに数トンもの海水が降り注ぐシーンがある。
それだけ大量の水をかぶると、いかにジャンボとはいえ、海面への接触や、エンジンに大量の水が吸い込まれフレームアウトを起こして墜落する危険があるだろう。また、ロサンゼルスから出発のシーンではタラップがついて乗客の搭乗が終わっていないにも関わらずエンジンをスタートしている。もしかして昔のアメリカの空港ではこのようなことがあったのかしらん。と驚いた。
40年も前に書かれた小説だが全く古さを感じない。発表当時映画化の話もあって、スティーブ・マックィーンやロバート・レッドフォードの名前が挙がっていたが何故か実現されなかった。

現場臨場
パラセル(西沙諸島)
中国、フィリピン、ベトナムなどに囲まれた南シナ海の環礁。中国、台湾、ベトナムが領有権を主張しているが中国が実効支配をしている。シャドー81が奪った戦闘機TX75Eをパラセルのボンベイ環礁近くに隠す。垂直離着陸機故に滑走路のない小さな島へも着陸できる。南沙諸島とともに領有権問題がホットなエリア。中国ではパラセルへの旅行が売られているようだが、外国人は参加できない。
香港
シャドー81がTX75E を運ぶために中古の貨物船を買い求める。香港島や近隣の海を試験航海で走り回る。マカオなどへのフェリーでも気分を味わえる。香港へは羽田、成田はもとより、札幌(新千歳)名古屋(中部)、大阪(関西)、福岡、広島、那覇などから直行便多数。
ロサンゼルス国際空港(アメリカ・カリフォルニア州)
ハイジャックにあうPGA航空81便が出発し、その後戻ってくる。40年前とは様変わりしているが、国際線用のトムブラッドレーターミナルを入れて9のターミナルを配するアメリカ西海岸の玄関口。
羽田、成田、関西から直行便
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大空港(AIRPORT)
アーサー・ヘイリー ハヤカワ文庫 DVD
文庫版は上下巻になる長編小説だが、抜群の面白さで一気読み必至だ。その後、数々登場した、航空機パニックストーリーはこの小説に端を発する。グランドホテルタイプと言われる物語展開で、主人公はおらず、様々な登場人物が織りなすストーリーが複雑に交錯する。あえて主人公を上げると、一つはリンカーン空港(モデルはシカゴオヘア空港)もう一つはボーイング707だろう。
1970年に製作された映画も小説をかなり忠実に映像にしている。大雪のリンカーン空港に着陸した707が滑走路を逸脱し、雪に車輪を取られ、滑走路をふさいだまま動けなくなってしまう。一方、ローマへ旅立った707には人生を悲観し、爆薬を持った男が乗り込んでいた。男が飛行機に搭乗する際、たまたま見かけたベテランの税関スタッフは、挙動不審な男の態度に「あの男がこれから飛行機に乗るのではなく、入国するのなら、(密輸の可能性を疑って)徹底的に調べるだろうね」と語っている。この時代は航空機を使ったテロも無ければ、自殺するために多くを巻き添えにすると言った恐ろしい考えもなく、搭乗者への荷物チェックも甘い時代だった。
爆弾は結局後部のトイレで爆発、機体に穴が開き、同時に機内の与圧が一気に抜ける。この様な事態に陥った時は、空気の濃い高度まで緊急降下を行う決まりだが、緊急降下は機体に大きなストレスがかかるので、機体の破壊が広がらないよう、急ぎながら慎重にやらなければならない。 どんな時でもわがままな乗客はいるもので、客室にやって来たパイロットが、パニックに陥った一人の乗客を鎮めるため、思わず殴ってしまう。根に持った乗客はその後、航空機関士に「機長に殴られた」とクレームするが、「黙らないと航空機関士にも殴られますよ」と返される。映画を観た高校生当時、アメリカ人はこんな時でもユーモアが出るんだ。と変に感心したものだった。因みにこの乗客はその後隣席の神父にも張られている。
機体に穴をあけたままの707はリンカーン空港へ引き返すが、風向きから、着陸失敗した707が塞いでいる滑走路がどうしても必要となる。空港長は機体を破壊しても滑走路を開けようとするが、整備主任のジョー・パトローニはエンジンをフルパワーにして雪の中から707を無傷で脱出させる。若い整備士は「機体マニュアルではこんな無茶をやってはいけないと書いてありました」と語るがパトローニは「それがこの707のいいところだ」と返答している。また無事着陸した707に開いた大きな穴を見つめながら、パイロットが「よくぞ(破壊せずに)もったものだ」と言っている。707がいかに安全でタフな飛行機かとのアピールになり、ボーイングにとっては大きなPRになった。
映画「大空港(AIRPORT)」は世界中で大ヒット、それまで「風と共に去りぬ」が持っていた興行成績世界一のタイトルを奪ってしまったとか。その後、「アーサー・ヘイリーのエアポートを基調として」とクレジットされたエアポート・シリーズが次々と作られた。パトローニが当たり役となったジョー・ケネディ(2016年2月28日死去)は、その後のシリーズすべてに出演している。
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現場臨場
シカゴ(アメリカ・イリノイ州)
リンカーン空港は架空の空港だが、物語の終盤707が塞いでいた滑走路28が開いて管制官から「Clear to Land(着陸支障なし)」が出されると、機長役のディーン・マーチンから「ありがとうリンカーン、また奴隷を解放してくれたな」と粋な交信が交わされる。モデルとなっているシカゴのオヘア空港は、8本の滑走路を持ち、一時期世界でもっとも離発着回数の多い空港だった。今でもその忙しさは変わらず、オヘアで上空を見上げると、色々な方向へ飛行機が飛んでいて驚かされた。第一ターミナルのコンコースを結ぶ地下通路は光のプロムナードとなっていて楽しい。オヘアの名称は第二次世界大戦のエースパイロット、エドワード・オヘアに由来している。

日本からは東京(成田)からJAL、ANA、ユナイテッド、アメリカンと便も豊富で、現場臨場に不便はない。地方空港からはソウル経由も便利
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2001年宇宙の旅(2001 SPACE ODYSSEY)
ハヤカワ文庫 原作:アーサーCクラーク
映画DVD 監督:スタンリー キューブリック
映画が先でその後小説が出版されているが、どちらも難解で、特にストーリーの最後は色々な解釈があると思う。初めてこの映画に接した中学生時代(1968年)、その映像に度肝を抜かれた。有史以前の地球で、原人が動物の骨を道具、それも武器に使うことを発見し、相手を倒した後、雄たけびを上げ、武器の骨を空高く投げ上げる。その骨が虚空で止まり、落ちてくるシーンは宇宙船にすり替わる。人類の発展を一瞬で表した映像は感動ものだった。そして同時にヨハンシュトラウスのワルツ「美しき青きドナウ」の全編を使って、スペースシャトルが国際宇宙ステーションに着陸するシーンを映し出す。
未来の姿はどれも科学的根拠に基づいた説得力があり、見るものを納得させた。スペースシャトルの中をCAがゆっくりと歩く。シューズは無重力の中を歩くことのできるよう床に密着するグリップシューズ、無重力で毛髪が漂ってしまうのを防ぐために、ヘルメットのように頭を覆うのはスペースキャップだ。しかし2001年の未来の姿の中で登場しないのはインターネットだ。 木星探査船ディスカバリー号を司るのは大型コンピューターHAL(ハル)9000で、様々なコンピューターがネットワークで結ばれるインターネットの概念はさすがに1968年には予測不可能だったようだ。ところでこの作品の主役であるコンピューターHAL9000の名前にも謂れがある。HAL、それぞれのアルファベットの次の文字をつなげると、当時世界トップのコンピューターメーカーであったIBMとなる。IBMの一つ先を行くコンピューターとしてHALと命名されたとか。
インターネット以外にも将来を読み切れなかった部分がある。スペースシャトルの胴体に描かれた「PANAM」のマークだ。1968年当時、世界最大で、かつ世界で最も経験の豊かな(テレビ番組の中で「世界で最も経験のある航空会社パンナムの協力で」と流れていた)航空界のリーディングカンパニーであるパンアメリカン航空だったが、2001年まで持たなかった。大きな地球儀を模した大相撲のパンアメリカン航空賞は国技館でもお馴染みの光景となって、パンナムは日本でもっとも有名な外国航空会社であった。しかし規制緩和による熾烈な競争に敗れ2001年の10年前、1991年に破たんしてしまった。パンナムのスペースシャトルに乗っての2001年宇宙の旅は不可能だったのだ。ちなみに宇宙ステーションではヒルトンホテルのカウンターがあったが、こちらのホテルブランドは健在だ。
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現場臨場 月面
2001年はとうに過ぎてしまったが、現場とは、宇宙ステーションと月になるだろう。しかし臨場するためにはさらに長い時が必要で、実現しても多額の費用が掛かるものと思われる。
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飛行艇クリッパーの客(NIGHT OVER WATER)
著者 ケン・フォレット 新潮文庫
「大聖堂」や「凍てつく世界」など、大ヒット作を飛ばしているケンフォレットだけに、上下巻は一気読み必至の覚悟案件。時代はナチスの影が忍び寄る第二次世界大戦間近のヨーロッパ。イギリスからニューヨークへ向かうパンアメリカン航空の飛行艇が舞台となる。
巻頭に作者覚書があり「アメリカ~ヨーロッパ間の最初の旅客機サービスは、1939年夏、パンアメリカン航空によって始められたが、ヒトラーのポーランド侵攻と同時に停止され、ほんの数週間で終わりを告げた。この小説は、宣戦布告の数日後に行われた仮想の最後の飛行の物語である。飛行そのものも、乗客も乗員もすべて架空のものである。しかし飛行艇自体は実在した」と書かれている。その通り、主役は飛行艇(ボーイング314)なのだ。
乗員・乗客はおよそ30人、詐欺師で宝石泥棒だが憎めない若者。ファシストを支持するイギリス貴族とその家族。夫を裏切ってアメリカ人の作家とニューヨークへ駆け落ちする若妻。会社乗っ取りを阻止しようと、急ぎアメリカへ帰国する女性経営者。一方、乗員の航空機関士は妻が誘拐され、飛行機を不時着させるよう脅迫される。これらそれぞれの多彩なストーリーが入り混じりながら、主役のボーイング314の機内やオペレーションの様子が結構子細に語られる。ボーイング314はその巨大さ、豪華さで、二十数年後に登場するジャンボ、ボーイング747に少なからず影響を与えた。
コンパートメントで座席は間にテーブルをはさんで向かい合わせ。ダイニングゾーンや最後部にはハネムーンスウィートの個室がある。原題の通り、夜間もフライトするので夜はベットに替わるため定員は30人のゆったりとした空間で豪華な空の旅が楽しめた。文中には片道の価格が675ドルと出てくる。さらに「其の倍も出せばこじんまりとした家が買える」との記述もあって、今のファーストクラスをはるかに上回るセレブの旅だったのだ。
飛行機は二階建てで、今と違い上階が貨物室、客室は下層階にある。飛行艇は底の形状が船なので、後部に行くに従い床が上がるため、客室は階段状になっている。読んで想像を働かせると、随分と大型に思える。1930年当時なので大型には違いないが、全長32メートルほどなので、長さはジャンボ機の半分に満たない。
しかし船では一週間ほどもかかるイギリス(サウザンプトン)とアメリカ(ニューヨーク)を、二か所の給油地への立ち寄りをしながらも25~30時間で飛ぶ。その優雅な様子はボーイング社のHP Romancing the skies でご覧いただきたい。
http://www.boeing.com/features/2013/06/bca-clipper-06-05-13.page
タイトルの「クリッパー」はパンアメリカン航空の愛称で「飛行艇クリッパーの客」との題名だけで、舞台はパンナムの飛行艇とわかってしまう。パンナムはボーイング314を11機使用したが全てに「Atlantic clipper」や「American clipper」などニックネームをつけていた。ちなみにパンナムの航空管制呼び出し符号はクリッパーだった。
嵐の大西洋上で飛行艇は無事アメリカに到着できるのか。乗客それぞれの人間模様と合わせて、最後までドキドキしながら読むことが出来る。飛行機マニアでなくとも120%楽しめる。
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現場臨場
サウザンプトン(イギリス)

飛行艇なので出発地はロンドンの空港ではない。あのタイタニックが悲劇の航海へ旅立ったイギリス南部の港街、サウザンプトンだ。ロンドン、ヴィクトリア駅から南イングランド方面への列車が出ている。サウザンプトンまで120キロ、列車で2時間前後。1977年の夏、タイタニックが航海に出発した埠頭まで出かけた。近くの博物館にはタイタニック関連の展示もあり、楽しめる。
フォインズ(アイルランド)
首都ダブリンから西へ200キロメートルあまり。深い入り江の中ほどにある。飛行機がまだ十分な航続距離がない時代、大西洋をまたぐためのヨーロッパ最後の駅逓で、ここから次の駅逓であるカナダのニューファンドランドへ飛ぶ。飛行艇から陸上に降りる飛行機に替わっても、アイルランドのこの地は重要な通過点で、フォインズと入り江をはさんだシャノン空港がその役目を果たした。文中にもフォインズに降りるクリッパーから窓越しに「シャノンに新しい空港が建設中」とのくだりが出てくる。
シャノン空港は今でも大西洋横断の経由地点としての役目を果たしていて、英国航空のロンドン・シティ空港(ロンドン都心から最も近い空港で、時間に敏感なビジネスマンには特に人気の空港)発のニューヨーク便は、シティの滑走路が短いためにアメリカへの直行が出来ず、シャノンを経由している。乗客のパスポートにはシャノンに立ち寄った際にアメリカの入国スタンプが押される。そのためニューヨークではパスポートチェックもなく入国ができる。
フォインズの飛行艇ミュージアムには、ボーイング314のレプリカもあり、当時の豪華な旅を垣間見ることが出来る。ちなみにコーヒーにアイリッシュウイスキーをたっぷり入れたアイリッシュコーヒーはシャノン空港が発祥で、1943年にこれを考案したジョー・シェリダンにちなんだ空港内のシェリダン・カフェにはプレートが掲げられている。
日本からフォインズには、ロンドン・ヒースロー空港経由か、パリ・シャルル・ドゴール空港経由。どちらの空港からもシャノン空港へアイルランドのエア・リンガスの便がある。
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地下鉄(メトロ)に乗って 浅田次郎
講談社文庫 松竹映画DVD

1960年代NHKで放映されていた「タイムトンネル」というアメリカのテレビドラマがあった。アメリカが国を挙げて秘密開発をしているトンネル状のタイムマシンという設定だ。
「地下鉄に乗って」はまさに地下鉄、それも東京メトロの銀座線や丸の内線がタイムトンネルとなる。しかしタイムトンネルのような冒険ドラマではない。自分の過去をGO UP(遡る)する親子の物語だ。読み終えた後、あるいは映画のエンドロールが流れ始めると、思わず小さなため息が出てしまう、心に迫る作品だ。浅田次郎氏はこの作品で吉川英治文学新人賞を受賞している。
主人公は地下鉄駅の階段を昇り降りするたびに、昭和と平成を行き来する。反目している父の若き日に出会い、彼の本当の姿に触れる。さらに自殺した兄の死の真相も知ることとなる。兄の死については原作本と映画では異なっている。
物語に登場する東京メトロ銀座線は、上野と浅草の間が昭和2年(1927年)の開業なので、「昭和」と「平成」の時間の架け橋には十分なタイムマシンだ。
銀座線は歴史のある路線だけにレトロな車両が長年走っていた。時折、車内の蛍光灯が一斉に消え、ドアの脇に取り付けられた小さな白熱灯が点灯する様を描いていて「ひと駅の間に、そうして何度もドラマティックな光と闇を体験できる」と表現されている。
線路の脇に設けられた第三軌条(サードレール)から電気を取っている銀座線と丸の内線は、変電所区間の切れ目などで、通電のないデッドセクションが所々にある。その区間に電車が入ると、車内の灯りは瞬時にバッテリーライトに替わる。種を明かすとつまらないスイッチのオン、オフだが、浅田氏のペンにかかると先のような素敵な言葉に置き換わる。
最後に切なくも恐ろしいタイムパラドックスが待っているのだが、東京に次々とできた新しい地下鉄ではなく、銀座線だから出来上がった物語だ。ホームに漂う生暖かい風と、摩擦で削られたレールや車輪の鉄粉が飛んだのではないかと思わせる不思議な鉄のにおい?が感じられる、懐かしさがこみ上げる小説だ。まずは小説、その後に映画DVDを鑑賞されることをお勧めする。
現場臨場
東京メトロ 丸の内線 新中野駅
タイムスリップはこの駅から始まる。駅の3番出口の階段を上がり、50メートルも歩くと鍋屋横丁に行き着く。この鍋屋横丁は、古くから杉並区堀之内の日円山妙法寺の参道だ。この一帯は本書とともに落語「堀之内」の舞台でもある。粗忽もの(そこつ)、つまりあわて者の主人公が、自分の粗忽を治そうとこの妙法寺、通称お祖師様(おそっさま)を、大変なドタバタを繰り返しながらお参りする滑稽話だ。もちろん話の中に鍋屋横丁が登場する。新中野からは2㎞近くもなるが、レトロな横丁を楽しみながら厄除けのお参りをして頂きたい。

東京メトロ 銀座線 新橋駅
昭和初期に建設された銀座線は当初、2つの鉄道会社がそれぞれ別の鉄道として設けたもので、新橋はその2つの接点であった。従って駅もそれぞれにあって、使われることのなくなったホームが幻の新橋駅として人知れず現存する。新橋はご存知の通り、日本の鉄道発祥の地で、新橋駅を出て、少し歩いた汐留シオサイトには旧新橋停車場が復元されている。またJR新橋駅の日比谷口には蒸気機関車C11が置かれていて、SL広場として有名。そんなわけで新橋はタイムスリップに最適なレール・ヒストリー・トライアングルだ。
地下鉄博物館 東京メトロ 東西線 葛西駅降りてすぐ
物語に登場してくるわけではないが、「地下鉄に乗って」に登場する懐かしい丸の内線や銀座線の車両に会うことが出来る。
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